谷口興一先生、中島章皓先生を偲んで 東京医科歯科大学躰道部・仁雄会・湯島道場

 私たちが敬愛して止まない谷口興一先生、中島章皓先生がこの2012年に永眠されました。

 谷口先生におかれましては、躰道創始者である祝嶺正献最高師範の一番弟子として余りにも有名であります。
 谷口先生が平成17年(2005年)に上梓されました『玄制流空手道と躰道の創作を顧みる 天才武道家とその弟子の歩み』を元に、お二人のその偉大なる足跡を振り返りたいと思います。
 本学医学進学課程に入学された谷口先生は、昭和31年(1956年)に千葉大学文理学部に空手同好会を発足させました。これは、当時本学の医学進学課程並びに歯学進学課程が千葉大学文理学部に委嘱されていたからであります。
 その10月中旬頃、埼玉大学空手道演武会に招待された谷口先生は、そこで当時玄制流空手道師範であった祝嶺正献先生の四十八手の型をご覧になったのです。
 終了後の打ち上げの会場で誘われた谷口先生は、会の後祝嶺先生の練馬の御自宅でお酒を飲みながら、武道の考え方や将来の展望などのお話しをお聞きになり、この日をもって祝嶺先生の玄制流空手道に入門することとなったということであります。
 昭和33年(1958年)御茶ノ水の専門課程へ進学した谷口先生は、学友会に空手道部の設立を直ちに申請されました。すると最初は同好会から始める規則であるという説明を受け、空手同好会として発足したのであります。このとき新しく入会したのが中島章皓先生です。
 毎日昼休みに二号館の屋上で練習を行っていた空手同好会は、7月に初めての夏期合宿を霞ヶ浦分院(茨城県)にて行いました。
 このときに当時第二内科教授兼霞ヶ浦分院長であった大渕重敬先生に初代部長をお願いし、快く御承諾いただきました。
 昭和33年9月の学友会合同会議において、同好会から空手道部への昇格が議決されました。同好会発足から1年足らずでの部へ昇格するという異例の早さは、谷口先生や中島先生など当時の先輩方の勤勉な練習の賜物であるということです。
 卒業後も谷口先生、中島先生は躰道界において要職を歴任されました。
 谷口先生におかれましては最高師範ご逝去の後は躰道本院最高会議議長として、躰道界を卓越した指導力で牽引されました。
 また、中島先生は2001年から2008年という長きに亘り、日本躰道協会の会長として躰道界に多大なるご貢献をされました。
 また本学躰道部においても、谷口先生は仁雄会設立して仁雄会会長を務められました。中島先生も近年に至るまで新歓コンパ、追い出しコンパなどの度にご出席いただき、部員を力強く激励していただきました。
 私たち躰道部関係者一同、お二人の偉大なるご功績を深く尊敬し、また長年の温かいご指導に感謝して、心よりその御冥福をお祈り申し上げます。

2012年11月30日 文責 堀内和一朗(本学躰道部平成十六年卒業)