仁雄会報38 平成16年9月7日発行

仁雄会アルバム原稿追加募集のお知らせ

 たいへん暑かった夏も過ぎ9月となりましたが皆様いかがお過ごしでしょうか。先報でお伝えしたように、現在長年懸案となっていた仁雄会の記念アルバムを編集中です。当初の予定では世代を振り分けて10名程の先生にアルバムに添える文章を依頼し、写真と共に出版する予定でしたがもう少し広い範囲で原稿を募集した方がよいとの意見も出されましたので、仁雄会報を利用して会員全員に原稿を依頼することに致しました。内容はアルバムの性格上、躰道部(空手部)時代の思い出が中心ということになるかと思いますがそれにこだわらず近況報告でも、後輩への叱咤激励でも結構です。字数は800字前後、締め切りは10月末日必着とさせていただきます。たいへん慌ただしいのですが、すでに出版社に手付け金も収め出版作業が開始されていますので何とぞご了承下さい。原稿は編集が楽なのでできましたらE-MAILでS.Shibata.mfa@tmd.ac.jpあてに送っていただけると幸いです。そうでない場合は同封の返信用封筒に切手を貼った後郵送して下さい。僭越ですが上述の理由で出版を急いでおりますので締め切り厳守でこれを越えたものは不採用とさせていただきます。なお参考として北海道の八木政明先生の第一稿(先生には追加稿のお願いもしてあります)と宮崎隆先生の文章をアルバムの予報として掲載させていただきますのでご一読下さい

平成15年度会計報告

 昨年度も皆様のご協力、特に仙頭先生、遠藤先生らから複数年の会費をいただきかなり黒字になりました。ご協力いただいた先生方にはあらためて深く感謝致します。昨年度より躰道の審査の方法が変わり、従来より頻回に審査を受けなければならなくなり(要するに審査が厳しくなったということです)、学生の負担が拡大しています。「現役部員補助」の役目がますます大きくなっておりますのでその旨よろしくご理解の程お願い致します。昨年度会費を収めていただいたのは次の先生方です(順不同、敬称略)。
鈴木晴司、南一郎、金明培、森田恭一、三壁敏雄、宮崎隆、佐藤準一、川島真人、清水友、渡辺三雄、渡辺竜登美、篠原一彰、林泰夫、日野恒和、鈴木格、佐藤良治、木下一郎、塩崎智彦、中島章皓、小川博章、知花朝美、役山比登志、石川直人、飯泉智弘、青木章、田中宏明、戸塚慎一、福本達、岡部格(2年分)、戸叶正俶、文村優一、小島(小川)雅浩、高江洲義英、松本進一、柴田俊一、松本昌世、新富芳昭、山内秀樹、谷口興一、藤原秀臣、仙頭茂(10年分!)、遠藤玲之助(2年分)、和田忠志、尾関全(2年分)

平成16年度仁雄会会費納入のお願い

 本年度も前年度に引き続き、秋に会費納入のお願いをすることになりました。部員が増えるとそれだけ躰道協会への負担金も増えるということになり、またいつの時代でもごく一部の例外を除くと医歯大の学生は金を持っていないのでなにとぞご援助の程よろしくお願い致します。会費は例年通り医学部、歯学部卒1万円、パラメディカルおよび保健衛生学科卒5千円となっており、同封の振り込み用紙でご納入ください。
 加入者名 東京医科歯科大学 仁雄会
 口座番号 00130-5-36708

秋シーズンの予定  医歯大躰道部は清里高原における夏合宿を終え秋の大会シーズンに突入しました。今年は東京7大学定期戦が春に一本化されたため中止され、学生大会、全日本選手権が主な試合となります。相変わらず人数はぎりぎりのところでやっていて厳しいところもあるのですがここ数年の好成績を維持しさらなる躍進を目指し、部員一同練習に励んでいます。時間の都合がつきましたら大会の方へも是非足をお運びください。大会は医科歯科大学のOBであることを告げればそのまま入場できますが、事前にご一報いただければチケットに手配、プログラムの事前発送等を致しますので上述の電話、ファックス、E-Mailアドレスをご参照下さい。
 *第38回全国学生躰道優勝大会
   日時 平成16年10月17日(日)
   場所 東京武道館(綾瀬)
  #団体展開、団体法形、新人団体法形のほか男女個人法形、実戦に出場予定。
 *第38回全日本躰道選手権大会
   日時 平成16年11月27(土)、28日(日)
   場所 東京武道館(綾瀬)
  #団体展開、団体法形、および城北チームの一員として団体実戦に数名出場予定。

仁雄回記念アルバム予報

医科歯科大学空手部懐古 八木政明 (昭和40年卒)

 大学時代の一番の思い出は何―?と聴かれたとき、私には即座に空手部での数々の出来事が頭に浮かびます。私の入学は昭和34年、現在の躰道部の前身である空手部が創設されて2年目の年であった。新入生に対するクラブオリエンテーションにおいて、空手部の紹介の際、数週間前に撮影された春合宿の8ミリ映像が舞台のスクリーンに映し出された時、練習風景の中に和やかな雰囲気と新鮮さに感激し、私は迷う事無く入部を決意した。
 当時の空手部は玄制流空手道師範の祝嶺制献先生を迎えて、部を創始された谷口興一主将を軸として戸叶正俶、高橋孝、中島康雄、中島章皓、林泰弘学部先輩に教養部の鈴木弘一主将、仙頭茂、香山保幹先輩がおられて部の発展に情熱を寄せて、部活は活気に溢れていた。諸先輩の仕草はそれぞれ大変個性的で、半世紀近く経った今でも忘れ難く懐かしく思い出します。1年目の夏合宿は真にこの上ない厳しい練習の連続で、苦しい特訓の1週間であった。この時の合宿体験は恐らく生涯に亘り私の脳裏から消えず、様々な肉体的苦痛に耐えうる試練になった。また今後もなるであろうと思います。事実、その後の合宿ではさほど苦痛を感じることも無く、秋季、春季の合宿では旅行気分を満喫することが出来た。余談ですが、5年程前から私は登山を始め、最初は近郊の600メートル台でしたが、最近では北海道の一番高い大雪連峰にまで登るようになった。今年の初夏には歩行時間12時間余の日帰り登山を達成、これもきっと合宿のお陰だと感謝しております。
 空手部に入り最高の出来事は武道家祝嶺先生との出会いと言っても過言ではありません。数々の情景が走馬灯の絵のように思い浮かびます。なかでも最高師範の眼光鋭い、気迫に満ちた号令による稽古が最も懐かしい。先生は自ら道衣に着替えられ、演武をまじえて指導して下さった。
 昭和36年、霞ヶ浦の夏合宿で谷口先輩以下、全員による基本技の練習は圧巻であった。先生は竹刀を用いて基本技の完成を徹底された。稽古を終えたときには、全身に汗し、道衣からしぼり出る程だった。何年かは定かでないが、出稽古の新宿体育館にて二度と体験できない祝嶺先生と谷口先輩との自由組手を目撃し、空手道の真技に接する機会に恵まれ、興奮したことを覚えています。谷口先輩の攻撃の突き、蹴りに対し、素早く身をかわした先生は瞬時に極技を決められた。10本ほど繰り返しおこなわれたが、すべて判定は明確な攻防一体の展開であった。その時、最高師範は最も円熟された30代半ばの頃だったと思います。
 昭和40年に卒業し、北海道大学に勤務した私は昭和44年6月、歯学部学生有志の希望により空手部をつくり練習を開始した。間も無く来札した越川君(昭和42年越川博主将率いる医科歯科大躰道部は第1回全国学生躰道優勝大会で総合優勝果す)が加わり、躰道部として活動が本格化した。その後、最高師範の特別指導を頂き、又多くの関係者の支援により北海道の大地に躰道は根ずき、学生大会では各種目に何度も優勝する程に発展してきました。
 昨年の第37回全日本躰道選手権大会にて展開競技で初優勝したときには本当に感動しました。今後も顧問として北海道の躰道発展に努めたいと考えております。

躰道との出会いに感謝 宮崎 隆 (昭和53年卒)

 昭和47年に青森から上京、里見寮に入って、すぐに戸塚先輩に勧誘されて躰道部に入部。渡辺監督(当時)、清水、福本、原ほか諸先輩の温かい庇護を受けて、躰道にどっぷり浸かった学生生活が始まった。当時は、空手部から躰道部へ衣替えして、部員が増えて、教養の練習だけでなく、週1回の学部練習の日も部員一同燃えていた。江戸川の土手を裸足で毎日走り、学部の中庭の諸先輩の汗が染みついた道場では、ひたすら気合いの日々であった。躰道界そのものが、新しい武道の発展のために、燃えていた良き時代だった。媒体拡充で、地区の躰道協会が整備され、城北地区で、西川さん、河内さん、大東文化大、拓殖大との交流が始まった。学生躰道協会が組織され(最初は学連?)、合同合宿や学生大会で、他大学の仲間が増え、その後の躰道の普及に一緒に汗を流した。
 当時は柔道、空手ほか日本の武道を海外に広めたいと、意欲ある若者が世界へ出ていく時代だった。躰道でも親しい仲間や先輩が欧州や米国に出ていった。私も希望に燃え、卒業後昭和54年に海外青年協力隊に入隊し、南太平洋の島国、西サモアに赴任した。歯科診療に従事する傍ら、地元の子供や青年達に躰道を教えながらトレーニングした。サモア人はラグビーを愛好し、相撲の高見山や子錦(ハワイ在住のサモア人)のように体が大きく、男は喧嘩が強くて当たり前の世界であった。体の大きい相手をどうやってやっつけるか、真剣に悩んだ2年間であった。帰国後、躰道部の監督に就任。大学院に復学したので時間的余裕もあり、後輩と一緒に汗を流した。サモアで実戦躰道の限界も感じていたが、丁度、躰道界では河内重典や田中勇悦が、転技や捻技を駆使した高度な実線を展開し、改めて躰道の魅力にとりつかれた。また、躰道の国際化に伴い、祝嶺先生の御供をして、フィンランド、フランス、英国等を視察する機会を得た。祝嶺先生と2週間ご一緒して、躰道の理念、技術等をじっくり伺うことができた。一方で、異国で日本の武道を真摯に学ぶ若者に感動し、もっと躰道を普及させたいと思った。その後、世界躰道連盟が組織され、山下一郎先生を筆頭に、私も参画し、多くの仲間と祝嶺先生を囲んで躰道の将来を熱く語り合い、研修生の受け入れ、海外指導、世界大会の開催が進められた。この中で、東京医科歯科大学躰道部の学生や仁雄会会員にも大変なお世話になった。
 この十年は、躰道の現場から遠ざかっているが、大学教育の担当者として、躰道で学んだことは心の支えになっている。祝嶺先生は「社会還元が最終目標」とおっしゃっていた。私もこれを肝に銘じて、残りの人生を悔いのないように過ごしていきたい。躰道を通じての多くの出会いに感謝している。