寄稿 医歯大躰道部フリーハンデ[実戦編] (1976-2001) 文責 柴田俊一

〈はじめに〉「医歯大躰道部史上誰が一番強かったか。」ということは実際にはタイムマシンが実用化されてない以上検証不可能なことである。競馬界でも同様で、シンザンとシンボリルドルフ、オグリキャップでどの馬が強いか。といわれても検証は不可能である。ただ競馬界には「フリーハンデ」という考え方があり、これは「すべての馬が同じレースに出走した場合、どの馬にどのくらいハンデをつけるか。」が基準に成っている。したがって強い馬程ハンデが重くなり、該当数も少なく、弱い馬程軽くなり該当数も増えるということになります。そして毎年フリーハンデを作成し世代間での比較も行っています。この考えを医歯大躰道部の実戦競技に当てはめハンデをつけたのがこのランキングです。ハンデの基準は第一には成績であるが、もちろんそれ以外の要素もあります。というよりもほとんど私の主観によるところが大きいわけですが、25年分まとめて評価できるのは私以外にいないと思われるのでまあ特権ということでお許し願いたい。昔は人数も多く法形、展開専任であまり実戦競技に出場しなかったものも多く、そのような部員の方は申し訳ないのですがハンデは低くなっています。現在「法形編」の構想もあり、そちらではまるで違うランクになります。また1976年以前は実際に見ていないので私にとって神話、伝説と同じになってしまうので入っておらず(どなたか書いてくれるとよいのですが)、現役部員は発展途上と言うことで除外しました。「おれがあいつより下なのか。」という物言いは当然あると思われますがその場合は一報いただければ改訂の際考慮します。

65 宮崎(S53卒)
64 鬼澤(S58)
63
62 佐藤(栄)(H1)
61 村田(S54)、伊藤(S55)
60 守沢(S56)、金(S60)、古木(S63)、内田(H2)、南(H12)
59 田辺(S54)、大村(S55)、木本(S57)、寺田(S59)、渡辺(功)(S61)、竹内(H3)
58 北沢(S54)、高田(正)(S55)、松本(H1)、和泉(H2)、小椋(H6)、尾関(H12)
57 高田(義)(S58)、渡辺(竜)(S59)、役山(S60)、儘田(S61)、小山(S61)、島田(S61)、森田(S62)、馬場(H1)、和田(H1)、叶内(H2)、福本(H6)、石川(H6)、文村(H9)、戸谷(H9)、岡部(H10)
56 橋本(S54)、曽根田(S56)、土井(S57)、中島(S57)、永井(S57)、神山(S58)、佐藤(準)(S58)、遠坂(S61)、小島(小川)(S61)、青木(H1)、田中(H2)、川越(H3)、時岡(H3)、加藤(H4)、西頭(H5)、野々村(H6)、鹿島田(H6)、塩崎(H6)、板倉(H7)、馬屋原(H9)
55、その他全員

〈解説〉トップハンデは宮崎監督で全く異論のないところでしょう。監督の実戦は早い運足からの攻撃もよし、受けに廻って相手の攻撃をさばくのもよしという競馬でいうと逃げ、差し自在の万能型といったところでしょうか。さらに特筆すべきは体力で他大の部員が「宮崎さんの練習はきつくていやだ。」と嫌な顔をしていたのが思い出されます。監督に次ぐ存在としては鬼澤があげられると思います。参考資料として学生大会の結果を裏面にのせましたが、医歯大躰道部は第12回大会で団体実戦で優勝しているがこの時は当時教養2年の鬼澤の活躍が大きく、15回大会の準優勝時は主将として貢献している。また個人実戦は医歯大は準優勝が最高なのだが15回大会の時の決勝は2回延長の末のものでもっとも優勝に近かったものである。鬼澤もタイプは万能型で自分から攻撃してポイントをとれるのがやはり大きい。ちなみに宮崎対鬼澤の公式戦が全日本で一回あり監督が勝ったのだが実際にはほとんど五分であった。こと実戦競技に関しては2名がやや抜けている感じもするのだが、3番手として佐藤(栄吾)をあげたいと思います。佐藤は攻撃型のファイターで相手を追い詰めての旋状、斜状が主武器であり、彼がえ字突きでポイントをとった場面がほとんど思い出されません。新入部員のときは小太りで鈍くさい感じであったのがたちまち筋肉マンに変身した「成長力」もたいしたものです。21回大会の個人実戦準優勝もたいへん惜しい試合でした。村田、伊藤両先輩は学年が近いためよく実戦練習をされていて「重戦車対山猿」などど評されていましたが安定感では重戦車の伊藤さんが上で12回大会優勝時は主将として貢献されました。しかし、多少のポカはあるにしても村田さんの華麗な技はやはり魅力的であり、「捻体首絡み」でポイントをとったのは村田さん以来二十数年間見たことがありません。守沢さんは法形選手のイメージが強いが、やはり優勝時のメンバーであり、攻撃パターンはやや単調であったがとにかく負けた場面と言うのがあまり記憶にない。引き分けでもよいから負けないというのは団体戦には大切なことなのでこのハンデも妥当なものであると思われます。金はあまり練習熱心とはいいがたいものがあったがそれでもこのハンデはまさに能力の為せるものかと思われます。特に17回大会で個実3位の時は個法で優勝している上、団実(準優勝)、でも活躍しており大車輪と言う言葉はこのときの金にこそふさわしいものである。古木、内田はどちらかと言うと相手の攻撃をさばいてポイントを取るややDefensive なタイプである。古木は入部した当初はあまり目立つ存在ではなかったが、練習熱心で、普通は4年くらいでピークに達して後は平行線といったところだが引退するまで終始右上がりで伸びていったという貴重な存在である。学生大会個実3位(20回)の実績がある。内田は柔道出身であり勝つポイントをよく熟知していた。ただ残念ながら実戦競技に関してはメジャーな大会での良績があまりないのでこのハンデとしたが貢献度と言う点では多大なものがある。次いで若手OBから南を抜てきしたい。南は潜在能力としてはひょっとして一番かもしれない。しかし卓越した能力を体が支えきれずとにかくケガが多かった点ともっとも人数が少ない時期であったため大会出場もままならなかった点で際立った結果は出していないのだが、全日本個実2位の並木選手(拓大)に城北地区大会で勝ったことがあり完調なら全日本クラスの実力があることは確かなのでこのハンデとした。59 にハンデ付けされた中で田辺さんは「実戦競技の体系化」に尽力され、その成果は凱風4号に詳しい。これは今でも教科書代わりに使われている。大村さんはやや地味な印象もあるがやまり優勝時のメンバーであり安定感があった。私と同期の木本は身体能力は抜群だが性格そのものの全くケレン味のない実戦をおこなうためとりこぼしも多かった。次の寺田、渡辺(功)のような良い意味のずるさがあればもっとランクは上になったと思われる。さてその寺田、渡辺(功)は学生大会個実準優勝の堂々たる実績があるにも関わらず古木らよりランクが下になっているのは、両名とも良く言えば頭脳派、悪く言えばずるい実戦を行うもので相手の攻撃を待って突きでポイントを取る場合が多かった。もちろん頭脳戦というのは躰道の重要な要素であるが、同じDefensiveなタイプでも古木、内田は相手のスキを突くわけではなく完全に相手を支配してしまうことができるので一つ上のランクになっているわけである。竹内はもっとも評価に困る選手である。学生大会個実準優勝の実績は確かにすばらしいのだが本当にこれだけなのである。競馬界でもダイユウサクのように有馬記念でのみ劇走し、あとはぱっとしなかったのもいるが、実績のみで評価する競馬界のフリーハンデではやはり上位にランクされていた。ここでもその実績を評価するとともに「紅鯨団」での活躍も加味してこのランクとした。58のうち北沢さんはとにかく運動能力の優れた人との印象があるが、あまり実戦をやっているところを見たことがないのでこのハンデとさせていただきました。一方高田さんは実戦がすきでよく練習をしているのを見てましたが、左の斜状を蹴ることができ、現在でもほとんどの選手は右でしか蹴れないのでこれは今でも良い武器になると思われます。松本は学卒者らしい頭脳派で古木に似たタイプである。この世代と次の内田たちの世代がいわゆる「第4期黄金時代」を支えた世代であるがポイントをとる勘所がわかっている分同期の馬場や和田よりも上になっている。和泉も同様に第4期黄金時代の主力メンバーであるが木本とやや似た駆け引きのない実直なタイプであった(駆け引きができないのは決してよろしくないとうわけではなく個人的にはそう言うタイプの方が好きである)。小椋は竹内と同様最後の学生大会個実の快進撃が印象深い。スタミナ切れで惜しくもベスト8止まりであったが最高師範からもお誉めの言葉があったほどである。実力的には同期の福本、塩崎らの方が上だったかもしれないが印象点というのはやはり大きくこのランクとなった。尾関は南と同期でまた同様な理由で気の毒な面もあるのだが、捻技を食って膝十字靱帯を切ったにも関わらず手術をして復帰し、最後の個人実戦で小椋同様ベスト8に入ったファイテイングスピリットはやはりここに入るのにふさわしいと思われます。57には主に団体実戦のメンバーとして活躍した面々をランクした。本来これらの面々を十把一からげにするのはたいへん失礼なことなのだが紙面の都合もあり、個々に対するコメントはまたの機会とさせていただきたい。ただ竜登美の2段蹴りとか儘田の飛び旋とか森田の転技とか得意技があるものはやはり印象が深い。56には主に法型で活躍した面々をランクした。当然のことながら法形編があれば川越、塩崎は上位にランクされるでしょう。最後に自分(柴田)のハンデだがこれはなかなか難しい。感じとしては金、内田には勝てそうな気がしないが馬場、叶内らとは五分あるいはそれ以上にやれそうなので57あるいはひいきめに見て58といったところでしょう。25年の日々はやはりたいへんなもので細かい点は思い出せない点が多いのでもしご意見があれば御一報ください。